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「志賀原発運転差し止め訴訟」
控訴審の経過

第1回口頭弁論2006年12月18日

昨年の3月24日に金沢地裁(井戸謙一裁判長)は、地震の想定が小規模で手法が妥当でないと指摘し「想定を超えた地震で原発事故が起こる可能性がある」として、日本で始めて商業用原発(志賀原発2号炉135.8万KW)の運転差し止めを命じた。
北陸電力は、直ちに控訴した、しかし控訴理由書の提出期限5月16日になっても、理由書を提出できなかった、耐震設計の根拠である国の耐震指針が改定作業中のため、控訴しながらその理由を主張出来ないという、無様な事態に陥っていた。
半年遅れの11月16日にようやく控訴理由書が提出され、第1回口頭弁論が2006年12月18日に開かれた。
北陸電力の主張は「本件原子炉の耐震設計における地震動の想定は妥当」「志賀2号機の耐震性は確保されている」というもので、1審での主張の繰り返しで、これでは国の耐震指針改定さえ否定するものだ。

第2回口頭弁論2007年4月24日

3月15日に北陸電力は、1999年6月18日午前2時18分第5回定検中の志賀原発1号機で制御棒3本が抜け落ちて臨界事故を起こしていた、そして、8年間事実を隠蔽してきたことを発表した。
また、3月25日には、能登沖地震が発生した、震源より約20Km、M6.9北陸電力が除外した断層が動いた、その時、1号機は臨界事故後国の停止命令で停止中、2号機は、タ−ビンのひび割れで停止中と運転していなくて幸いだった。
こんな中での行われた弁論では、北陸電力は、控訴審にもかかわらず何の主張もせず、志賀町住民の高橋美奈子さんが、陳述を行った。

2007年4月24日 第2回口頭弁論(要旨)
                 志賀町 高橋美奈子

第1回控訴審より4ヶ月、この間、第一審判決が如何に妥当であるかが明確になり、被控訴人である私たちの不安が現実のものとなってしまいました。

(中略)

臨界事故より3ヶ月後にJCO臨界事故が発生しており、この時きちんとして報告がなされれば、原子力産業全体に作業工程や手順の見直しを計る警鐘が鳴らされ、痛ましい被爆による死者を出すことはなかったと悔やまれます。


北電には原発運転の能力も資格もない

 志賀原子力発電所長以下組織ぐるみでこの事故を隠蔽した要因は、当訴審で俎上に上がっている志賀原発2号機の建設着工を2ヶ月後に控え、その工程遵守を図りたかったためと言いますから、本末転倒も甚だしい、陸電力は、「安全第を繰り返しながら立地を進めきたのなら、原子力発電の運転における重大なミスを試金石とし、公開により原因解析する」という大きな企業責任を負っていたはずです。
そして、そのような責任も全うできない企業が、自社にとって必然性に乏しい2号機を建設することが、企業利益に適う事なのか、企業の論理と、そして倫理から真剣に問い直すべきだったのではないでしょうか。しかも隠蔽事故が発覚した当時は、タ−ビンの損傷により停止していた2号機を応急処置で動かそうとしていたのですから、安全軽視・住民無視は企業体質です。このような北陸電力には原発を運転する能力・資格はないと怒りをもって断じます。

十日後には能登半島地震が襲った

 そして3月25日午前9時42分、輪島市門前沖を震源とするマグニチュ−ド6.9の能登半島地震が発生。4月12日時点で死者1名、重軽傷者309名、全壊家屋525、半壊家屋774棟を数え、ピ−ク時には2600人余りが避難生活を強いられました。

(中略)

 私は、震源地より20kmkの山間地の自宅で震災に遭遇しました。門前沖が震源と知り、私が経営する輪島市にあるグル−プホ−ムの方が甚大な被害を受けていることが予想されましたが、4日間、電話は正常に機能せず、安否の確認や連絡には直接出向かなければならない事態に陥ったのです。途中道路が割れ、非常に危険な状況でした。能登への緊急時の搬入路である能登有料道は、七尾市以北で大きく崩落し現在も全線開通には至りません。
 幸い、ホ−ムの入居者や職員に怪我はなく、建物も大きな損傷は免れました。 しかし、周辺のは道路の液状化が激しく、余震の度陥没するところが出現し、あちらこちらで水道管が破裂するため4日間断水状態のままで水汲みと汚物の処理に腐心することとなりました。また、特別養護老人ホ−ムや老人保健施設のような大型施設では、ボイラ−の配管がずれてしまい入浴サ−ビスが提供できない事態となりました。この規模の配管でさえずれて損傷するのですから、原発のように無数の長い配管ならどうなるのかと暗澹たる気持ちになりました。

幸運にも1、2号機とも停止中だった

 この裁判のあとも、認知症高齢者で自宅が全壊し、とても仮設では生活していけない方を定員枠を超えてグル−プホ−ムに受け入れるために迎えに行く仕事が控えています。余震が続き、まだまだ日常化には程遠い現状です。

(中略)

 それでも尚、幸運だったと思えるのは、志賀原発が2機とも停止していたことです。
いろんな要因が重なり、原発サイト外へ放射能が漏れ出せば、孤立した能登半島の住民は逃げるに逃げられない、救援もできない事態におちいったことになります。
ましてや、何年か後に能登の再建の担い手となる子どもたちの命がゆっくりと蝕まれ、奪われてしまうことになるのです。

原発震災は人災−北電に覚悟は?

95年1月の阪神大震災以降の主な地震は、
00年6〜7月伊豆諸島群発地震M6.5/10月鳥取建西部地震M7.3
01年3月広島芸予地震M7.1
03年5月三陸南地震M7.1/7月宮城県連続地震M6.4/9月十勝沖地震M8.0
04年10月新潟中越地震M6.8
05年3月福岡県西方沖地震M7.0/7月千葉県北西部地震M6.0/8月宮城沖地震M7.2
07年3月能登半島地震M6.9/4月三重県中部地震M5.3
このように大規模地震が頻発しています。 今回の能登半島地震は、これまで断層の確認されていなかった安全とされていた地点です。しかも志賀原発で想定されている地震を超える規模で発生したのです。地震列島の日本では日本で地震が起こるのはやむを得ない天災です。しかし第一審判決を無視し運転を続けた原発で事故を起こせば、これは明らかな人災です。これによって生じる損害を賠償する覚悟を、一体北陸電力はお持ちなのでしょうか。
 私は、北陸電力が直ちに本控訴を取り下げ、少なくとも放射性廃棄物の少ない2号炉の廃炉にむけて技術的、理論的道筋を立てることで地域や原子力政策に貢献して頂きたいと考えます。
そして、復興のために残る力を振り絞っている地元住民として、裁判長に本裁判をすみやかに終結し、第一審判決の確定のためにご英断頂くことを強くお願いし、私の意見陳述とします。

第3回口頭弁論2007年9月5日

今回は開廷から10分で休廷し今後の裁判のやり方を決めるための「進行協議」が北電側、住民側、裁判官の三者で行われ25名程の原告(正式には北電が控訴したため被控訴人と言うそうです)と傍聴人は待ちぼうけをくいました。
それなのに、翌日の新聞では、「原告の住民側は、臨界事故で3本の制御棒が脱落したことを問題視し、重力に逆らって下から挿入する構造的な欠陥こそ、制御棒脱落の根本要因。脱落の想定範囲を1本とした国の安全審査は甘すぎる。」と指摘し、あらためて運転の差し止めを求めた。
一方、北電側は、「作業員による手順ミスが原因で制御棒が抜けたのは想定外」「1号機と2号機の各原子炉施設は、制御棒を動かす仕組みが異なっており、今回と同じ臨界事故は起きない」と安全性を主張、との記事(北陸中日9/8)
これは、双方が提出した準備書面からの要約で記事が書かれていることから、こんな事に。

では、実際どうなっているかというと、9月5日時点で控訴理由の能登地震について評価、対策についての新しい主張が出せない状態(9月中には提出予定という)、また国の新指針による、検討結果は来年4月末でないと出せない、また新潟地震によるバックチェックは来年11月末でないと出せないと、控訴していながら何も主張出来ない状態に陥っているのだ、この北電側の言い分に対し、裁判官は、旧の指針で1審判決を出しているのだから、新指針での検討を待っている訳にはいかない、控訴理由を変える意志あるか、と言ったと言う、北電はかなり追いつめられている状態だ。

第4回口頭弁論2007年10月1日

住民側(被控訴人)は第3準備書面を提出しその要約を陳述しました。

2007年3月25日の能登半島地震は、炉心より震源まで21km、6月17日の中越沖地震では19kmと1審判決で警告していた地震がまれなものでなく実際に起き、今後も起こりえることを証明した。
これらの地震は電力会社の想定を超える地震であり、結果的に大事故に至らなかったのは、幸運だっただけと言える。
1審判決は、地震の可能性を指摘しただけでなく、チェルノブイリ原発事故や、その他の実際に起きた事故を評価して、大地震を想定していない原発の多重防護は、地震時には機能しない恐れがあるとし、被害が広範囲に及ぶと認定している、たまたま放射能漏れがなかったから大丈夫というのはなんの証明にもならない。

電力側(控訴人)は上申書を提出した。
その中で、志賀原発2号機は、旧耐震設計指針に適合したものであるがさらに、2006年9月に改定の新耐震設計指針にも適合していることを主張している。

住民側は、1審で旧耐震設計指針そのものの欠陥を詳細に指摘してきた。その一つは、起こりえない直下型地震は最大M6.5として設計(10km以内に活断層がない場合)というが、神戸のM7.2が現実に起こっているのに、無視しているのはおかしいと言うもの。
新耐震設計指針は、どう改定されたかというと、M6.5を消して、それぞれの現地で最大地震を設定すると変えただけで、何にも厳しくなってはいないのです。
新耐震設計指針は、志賀原発の差し止め判決が出た事で急にベ−スを早めて作られましたが、この指針案に対する意見が700件以上も寄せられたました、そしてこの意見を無視しては行けないという少数意見を切り捨て、多数決でつくられた欠陥だらけの指針です、このことは私たちは、絶対に忘れません、現実の地震に耐えられない事を、今後裁判で明らかにしていきます。

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